野田 英夫

Hideo Noda

1930年代の経済恐慌に見舞われたアメリカの、都会で生きる庶民の生活に目を向け、その哀歓を優しく見つめる画風を展開した野田英夫。「通り雨(ウッドストック ニューヨーク)」が描かれた1932年は野田英夫にとって最も濃密な時期であった。カリフォルニアからニューヨーク郊外のウッドストック芸術村に移住した野田英夫は、国吉康夫、ジョージ・グロスらに出会い強い影響を受ける。そして、運命の女性ルース・ケルツと出会い結婚したのもこの頃だ。その後'33年にはディエゴ・リベラの助手としてベン・シャーンらとともにロックフェラーセンター壁画制作にも加わるなど、その30年という短い生涯を駆け抜けた。

2020年ホイットニー美術館(ニューヨーク)で開催された「Mexican Muralism and Art in the United States, 1920-1950」(アメリカにおけるメキシコ壁画運動と美術)では、人種差別問題を題材にした代表作「スコッツボロ・ボーイズ」が展示された。

BIOGRAPHY

略歴

1908年カリフォルニア州サンタクララに生まれる。'11年郷里熊本の叔父の家に預けられる。'26年熊本県立中学卒業後単身渡米。'29年カリフォルニア・ファイン・アーツ入学。'31年ディエゴ・リベラに出会う。ニューヨークのウッドストック芸術村に転居。 '34年ホイットニー美術館に《街頭風景》が収蔵される。'37年パリ・ローマなどを歴訪し日本に帰国。'38年田園調布の猪熊弦一郎留守宅に転居。長野県野尻湖畔滞在中に発病し入院。'39年脳腫瘍により逝去。