エーゲ海
¥800,000Tax included
- Year
- Medium
- 油彩
- Size
- 45.5×37.9 cm
- 作品コード
- 11637
糸園 和三郎
1911年 8月4日、大分県中津町に呉服商の三男として生まれる。
1922年(11歳) 骨髄炎にかかり九州帝大付属病院に入院、手術を受ける。
1927年(16歳) 上京、兄の家に寄宿、川端画学校に通う。
1929年(18歳) 前田寛治の主宰する前田写実研究所に入所。
1930年(19歳) 第8回春陽会に初出品、入選する。
第5回1930年協会展に入選。4月、師前田寛治没す。
1931年(20歳) 第1回独立美術協会展に入選し、以後第9回展まで出品する。
1939年(28歳) 美術文化協会(福沢一郎・麻生三郎など)の創立に参加する。
1941年(30歳) 思想統制が厳しくなり福沢一郎、滝口修造氏など検挙される。
12月、太平洋戦争始まる。
1945年(34歳) 3月の東京大空襲により、中津にあった数点を残し、
全作品を焼失する。8月、太平洋戦争終る。
1947年(36歳) 美術文化協会を退会、自由美術家協会に移る(~1966年頃まで)。
1952年(41歳) 第1回日本国際美術展(毎日新聞主催・東京都美術館)に出品する。
1954年(43歳) 北九州自由画室(小倉)に、講師として迎えられる。
1955年(44歳) 「糸園和三郎個展」(大分合同新聞社主催)を大分市にて開催。
1957年(46歳) 第4回日本国際美術展で佳作賞を受賞。
1958年(47歳) 日本大学芸術学部講師に推挙される。
1960年(49歳) 四人展(麻生三郎、糸園、山口薫、脇田和)を日本橋画廊で開催する。
年末、中津に帰省して約1年間の療養生活を送る。
1962年(51歳) 現代絵画の展望展(東京国立近代美術館主催)に招待出品。
1964年(53歳) 自由美術家協会を退会、以後無所属となる。
1966年(55歳) 「糸園和三郎展」(名古屋画廊)を開催する。
1968年(57歳) 第8回現代日本美術展に「黒い水」「黄いろい水」を出品し、
K氏賞を受賞する(東京都美術館)。
「綾杉会展」(名古屋画廊)に牛島憲之ら4人出品(21回展まで)。
1969年(58歳) 第12回安井賞展に「黒い水」「黄いろい水」を出品。
1970年(59歳) 三人展(麻生・野見山・糸園)を、銀座・みゆき画廊で開催。
1976年(65歳) 『糸園和三郎作品集』を出版する。日大芸術学部の教え子たちに
よる「土日会」が結成され、以後賛助出品をする。
1978年(67歳) 「糸園和三郎展」(北九州市立美術館、大分県立芸術会館)を開催、
初期から近年までの約140点を展示。
1983年(72歳) 「糸園和三郎画集」を出版する。
1995年(84歳) 「糸園和三郎とその時代展」(大分県立芸術会館)を開催する。
1997年(86歳) 「糸園和三郎展」(杉並区民ギャラリー)を開催する。
2001年 6月15日逝去、享年89歳。
2011年 「生誕100年・糸園和三郎展」(大分市、中津市の美術館)を開催
「生誕100周年糸園和三郎とその仲間たち展」(ツイン・アート・
ギャラリー 福岡市)を開催する。
1922年(11歳) 骨髄炎にかかり九州帝大付属病院に入院、手術を受ける。
1927年(16歳) 上京、兄の家に寄宿、川端画学校に通う。
1929年(18歳) 前田寛治の主宰する前田写実研究所に入所。
1930年(19歳) 第8回春陽会に初出品、入選する。
第5回1930年協会展に入選。4月、師前田寛治没す。
1931年(20歳) 第1回独立美術協会展に入選し、以後第9回展まで出品する。
1939年(28歳) 美術文化協会(福沢一郎・麻生三郎など)の創立に参加する。
1941年(30歳) 思想統制が厳しくなり福沢一郎、滝口修造氏など検挙される。
12月、太平洋戦争始まる。
1945年(34歳) 3月の東京大空襲により、中津にあった数点を残し、
全作品を焼失する。8月、太平洋戦争終る。
1947年(36歳) 美術文化協会を退会、自由美術家協会に移る(~1966年頃まで)。
1952年(41歳) 第1回日本国際美術展(毎日新聞主催・東京都美術館)に出品する。
1954年(43歳) 北九州自由画室(小倉)に、講師として迎えられる。
1955年(44歳) 「糸園和三郎個展」(大分合同新聞社主催)を大分市にて開催。
1957年(46歳) 第4回日本国際美術展で佳作賞を受賞。
1958年(47歳) 日本大学芸術学部講師に推挙される。
1960年(49歳) 四人展(麻生三郎、糸園、山口薫、脇田和)を日本橋画廊で開催する。
年末、中津に帰省して約1年間の療養生活を送る。
1962年(51歳) 現代絵画の展望展(東京国立近代美術館主催)に招待出品。
1964年(53歳) 自由美術家協会を退会、以後無所属となる。
1966年(55歳) 「糸園和三郎展」(名古屋画廊)を開催する。
1968年(57歳) 第8回現代日本美術展に「黒い水」「黄いろい水」を出品し、
K氏賞を受賞する(東京都美術館)。
「綾杉会展」(名古屋画廊)に牛島憲之ら4人出品(21回展まで)。
1969年(58歳) 第12回安井賞展に「黒い水」「黄いろい水」を出品。
1970年(59歳) 三人展(麻生・野見山・糸園)を、銀座・みゆき画廊で開催。
1976年(65歳) 『糸園和三郎作品集』を出版する。日大芸術学部の教え子たちに
よる「土日会」が結成され、以後賛助出品をする。
1978年(67歳) 「糸園和三郎展」(北九州市立美術館、大分県立芸術会館)を開催、
初期から近年までの約140点を展示。
1983年(72歳) 「糸園和三郎画集」を出版する。
1995年(84歳) 「糸園和三郎とその時代展」(大分県立芸術会館)を開催する。
1997年(86歳) 「糸園和三郎展」(杉並区民ギャラリー)を開催する。
2001年 6月15日逝去、享年89歳。
2011年 「生誕100年・糸園和三郎展」(大分市、中津市の美術館)を開催
「生誕100周年糸園和三郎とその仲間たち展」(ツイン・アート・
ギャラリー 福岡市)を開催する。